NHK大河ドラマ「光る君へ」予告 紫式部彰子女房33回あらすじネタバレ解説 宰相の君(瀬戸さおり)宮の宣旨(小林きな子)大納言の君(真下玲奈)小少将の君福井夏 馬中将の君 羽惟 左衛門の内侍 菅野莉央

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NHK大河ドラマ「光る君へ」第33回登場人物予告「紫式部、彰子女房人物紹介」宰相の君、藤原豊子(瀬戸さおり)宮の宣旨、源陟子(小林きな子)大納言の君、源廉子(真下玲奈)小少将の君、源時子(福井夏)馬中将の君、藤原節子(羽惟)、左衛門の内侍、橘隆子(菅野莉央)さん6名が登場!今回は、8月25日放送の第32話から登場する、藤原彰子に使える女房について、どんな人物でまひろと、どんな関係になっていくのかを史実を元に解説したいとおもいます。

第32話では、1005年12月29日、まひろは、彰子の女房となり、内裏に出仕しました。道長と倫子のはからいで藤壺にまひろの局が用意されましたがすでに彰子の女房として出仕していた、源ともこの姪や、源明子の姪、藤原道綱の娘など高貴たる姫たちばかりで自分より身分の低い女が、優遇されることに反感を持っているものもいました。

それでは、ここからはドラマに出演する女房について解説していきます。
まずは女房の中で第一秘書ともよばれる、小林 きな子(こばやし・きなこ)さんが演じる、宮の宣旨(みやのせんじ)の源陟子(みなもとのただこ)です。せんじとは、中宮の緊急事に、指揮を取ってその善後策を講じたり、女房のまとめ役でもあります。(みやのせんじ)は60代で醍醐天皇の孫である源伊陟(みなもとのこれただ)の娘、歌才に優れていたとされ、『栄花物語』によれば和泉式部が彰子へ贈った歌に対し、陟子(ただこ)が代詠したこともあったとされています。また紫式部日記では、紫式部からその美貌を讃えられており、藤原定頼も源陟子に言い寄ったとされのちに後朱雀天皇の乳母となった とかかれています
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宮の宣旨(みやのせんじ)
小林 きな子(こばやし・きなこ)
源陟子(みなもとのただこ)60代・醍醐天皇の孫である源伊陟(みなもとのこれただ)の娘。
藤原彰子の宣旨(せんじ)第一秘書、歌才に優れていたとされ、『栄花物語』によれば和泉式部が彰子へ贈った歌に対し、陟子が代詠したこともあった。また紫式部日記では部下の紫式部からその美貌を讃えられており、藤原定頼も源陟子に言い寄ったとされる。のちに後朱雀天皇の乳母となった
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次は、せとさおりさん演じる藤原豊子(ふじわらのとよこ)は、藤原道綱の娘で、宰相の君(さいしょうのきみ)と呼ばれています。紫式部の親しい同僚の一人で『紫式部日記』にもたびたび登場し局でうたた寝していた様子を紫式部に「物語に描かれる姫君のよう」だと形容されてその美しさを賞賛されています。彰子に最も近い女房で赤染衛門とも親交があったと書かれています
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宰相の君(さいしょうのきみ)
瀬戸 さおり(せと・さおり)
藤原豊子(ふじわらのとよこ)藤原道綱の娘
紫式部の親しい同僚の一人で『紫式部日記』にもたびたび登場、局でうたた寝していた様子を紫式部に「物語に描かれる姫君のよう」だと形容されてその美しさを賞賛されている。彰子の最側近女房 赤染衛門とも親交があった
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次は真下 玲奈(ました・れな)さん演じる、源廉子(みなもとのやすこ)は倫子の姪(めい)で大納言の君(だいなごんのきみ)と呼ばれています。藤原道長の召人とされ、召人(めしうど)とは、貴人のそばに召し使う人のことで日本の平安時代においては、特に主人と男女の関係にある女房のことをさし、嫡妻の倫子も黙認していたと書かれています
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大納言の君(だいなごんのきみ)
真下 玲奈(ました・れな)
源廉子(みなもとのやすこ)倫子の姪(めい)
彰子後宮に出仕、藤原道長の召人となり、「(道長は)御こころざしありて思されければ、まことしう思しのたまはせたまひけるを、殿の上(源倫子)は『こと人ならねば』と思しゆるしてなむ」と嫡妻・倫子も黙認していたとある。
召人(めしうど)は、貴人のそばに召し使う人のこと。日本の平安時代においては、特に主人と男女の関係にある女房のことをさす。
小少将の君の実姉である
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次は福井 夏(ふくい・なつ)さんが演じる、源時子(みなもとのときこ)は小少将の君(こしょうしょうのきみ)とよばれ、大納言の君(だいなごんのきみ)の妹で紫式部とは親友で、土御門邸の東北の渡殿にあった局の隔てを取り払って共有していたと『紫式部日記』に書いてあります。紫式部は、「どことなく上品で優美で姿態はとても可愛らしげで、物腰は奥ゆかしく、もてなし方がたいへん素晴らしく、その様子も、まるで自分の心のように感じられるほど、思いやり深く振る舞っていました。そして、とても世間を恐れていて、遠慮しすぎて、見ていてかわいそうなほどでした。あまりに見苦しいまでに子供っぽいところがある」と評しています評しています。紫式部より若くして亡くなった
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小少将の君(こしょうしょうのきみ)
福井 夏(ふくい・なつ)
源時子(みなもとのときこ)源倫子の姪(めい)大納言の君(だいなごんのきみ)源廉子(みなもとのやすこ)の妹
紫式部と親しかった
紫式部とは親友で、土御門邸の東北の渡殿にあった局の隔てを取り払って共有していたと『紫式部日記』にある。
また紫式部は、どことなく上品で優美で姿態はとても可愛らしげで、物腰は奥ゆかしく、もてなし方がたいへん素晴らしく、その様子も、まるで自分の心のように感じられるほど、思いやり深く振る舞っていました。そして、とても世間を恐れていて、遠慮しすぎて、見ていてかわいそうなほどでした。あまりに見苦しいまでに子供っぽいところがある評している
紫式部より若くして亡くなった
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次は、羽惟(うい)さんが演じる、藤原節子(ふじわらのせつこ)は源明子の姪(めい)で馬中将の君(うまのちゅうじょうのきみ)と呼ばれていました。紫式部とは仲が悪かったとされ、『紫式部日記』にも馬中将の君に関する記述がありますが、他の女房に比べると非常に少なく、トラブルと見られる情報が2件みられます。1つめは、一条天皇が土御門第に行幸した擦に着ていた着物のについて、女房達は「青と赤の唐衣に地摺の裳、表着は、おしわたして蘇芳の織物」というように同じ衣装であったが、むまの中将だけが傍線を施したように葡萄染めの表着を着ていたため、周囲から突出した姿をしていたと書かれています。

そして2つ目は、牛車へ乗車する際のトラブルで、馬中将の君(うまのちゅうじょうのきみ)は紫式部と同じ牛車にのることに不快感を表明したため、紫式部は宮仕えの人間関係の煩わしさを日記に残しています。どういう状況下といいますと、糸毛の御車に、乗る際に身分の高いものから乗っていきましたが、馬中将の君(うまのちゅうじょうのきみ)は自分より身分の低い紫式部と同車したためと考えられていますが、元々折合いの悪い二人が同車したためだとみられています。また女房の中でも、派閥があったのか、明子派、倫子派と別れていたのかもしれませんが道長出家に際して御衣の下賜に預り歌も読んだと記録されています
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馬中将の君(うまのちゅうじょうのきみ)紫式部と仲が悪い
羽惟(うい)藤原節子(ふじわらのせつこ)源明子の姪(めい)『紫式部日記』においても馬中将の君に関する記述がありますが、他の女房に比べると少ない。
一条天皇が土御門第に行幸した擦にそこに奉仕する女房達の服飾を描いた部分である。禁色を許された女房達は「例の青いろ赤いろの唐衣に地摺の裳、表着はおしわたして蘇芳の織物」というように同じ衣装であった。しかし、むまの中将だけが傍線を施したように、葡萄染めの表着を着ていたのである。乙こから周囲から突出したむまの中将の姿を読みとることができるように思われる

車への乗車トラブルで不快感を表明した、紫式部は宮仕えの人間関係の煩わしさを述べている
糸毛の御車:牛車をを色染めのより糸でおおって飾ったものにむまの中将は紫式部と車を同じくすることを 嫌って避けていた。理由は、身分の違う紫式部と同車したためと考えられ、もう一つは元々折合いの悪い二人が同車したためだとみられている。女房の中でも明子派、倫子派があったのかもしれません。道長出家に際して御衣の下賜に預り、「袖のみぞ乾く世もなき水の音の心細きに我も泣かれて」と読んでいる
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そして最期は、菅野 莉央(かんの・りお)さん演じる、橘隆子(たちばなのたかこ)は左衛門の内侍(さえもんのないし)とよばれ、馬中将の君(うまのちゅうじょうのきみ)と同じく、まひろのことは快く思っていなく、多くの陰口を叩いていたとされています。有名なエピソードとしては一条天皇が『源氏物語』を読み聞かされている際に 「この作者は『日本紀』を呼んでいるに違いない、漢学の学識がある」と紫式部を評すると、左衛門の内侍は、「たいそう学識を鼻にかけている」と殿上人などに言いふらし紫式部に「日本紀の御局」というあだ名を付けた名付け親とされています
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左衛門の内侍(さえもんのないし)
菅野 莉央(かんの・りお)
橘隆子(たちばなのたかこ)まひろのことは快く思っていない。多くの陰口を叩いていた。
一条天皇が『源氏物語』を読み聞かされて 「この作者は『日本紀』を呼んでいるに違いない、漢学の学識がある」と紫式部を評すると、左衛門の内侍は、「たいそう学識を鼻にかけている」と殿上人などに言いふらし紫式部に「日本紀の御局」というあだ名を付けた名付け親
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以上6名が新たに登場する女房となりますが、まひろは32話で一度、女房となり、藤壺に住み込みで働きましたがこの女房らとは折り合いがつかず、作品も思うようにかけなかったので、たった8日間でまた、為時の屋敷に戻ってきます。そして4ヶ月ほど、自宅で物語を書き、また5月頃から、藤壺に戻り、女房たちとの暮らしが再開しますが、さあ、どうなっていくのでしょうか?

今回は藤原彰子に使える女房について、史実を元に解説しましたがこの先も、彰子の懐妊、出産など、さらに驚くような出来事がつづいていきます
また続きを聞いて見たいという方は、ぜひチャンネル登録もよろしくお願いします。

本日は最期までご視聴いただき、ありがとうございました。
また次回動画もどうぞお楽しみに。
チャンネル登録、高評価もよろしくお願いします

参考資料
NHK出版「光る君へ」後編
東京ニュース通信社「光る君へ」Book2
国文学研究資料館所蔵
ウィキペディア
NHK(C)
https://www.nhk.jp/p/hikarukimie

日本最大級の著作権フリーBGM・効果音
ストックサービス「Audiostock」
8月25日(日)=第32話

コメント

  1. まひろが源氏物語の執筆や出仕するようになると後は史実通りの展開になるのでしょうか?史実と違うどんでん返しを・・・・まひろと道長の第2子のすり替え事件を期待しているんですけれど・・・・・

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